おはようございます、さいとうです。
こと細かな説明が続いたあとに、「平たく言うと」と切り出されました。そして続く一言で論旨が飛ぶ、ここまでの話や費やした時間は何だったのか。
難しい事象や多岐にわたる情報が絡み合う状況の説明が続いたあとに、「要約すると」とか「簡単に表すなら」との前置きして、概要を示されたり、要点を整理して説明されたりするとありがたいものです。混乱して本質を逃しそうになっていても、きちんと本筋に立ち戻らせてくれ、すっと理解が進みます。
ところが「平たく言うと」と切り出された際に、知らず知らずのうちに身構えて、警戒心が働いてしまうことがあります、なぜか。
本来、「平たく」は「平らに」を意味しますから、素直に考えると、角が立たず凸凹のない平らな状態を想起できて、「平たく言う」と表す場合には、さらにそこに「平易な言葉」を用いる意味も含まれています。
要は、出っ張りや引っ込み、尖りや窪み、凸も凹も大らかに平らと捉えて、専門的な用語や難しい単語、一般的ではない表現などを排除し、誰にでも理解しやすい「平易な言葉」で表すことを意図する際の前置きなのでしょう。
どうも「平易な言葉」あたりが怪しい。
語り手によっては客観的な要約や概要ではなく、自分が好むフレーズや主観で捉える突拍子もない言葉を引っ張り出して主張するという変換奥義が繰り出されることがあるからだと気が付きます。
かつて「平たく言うと」と前置きされた場面で、概要でも要点でもない、まったく異質な言葉が突如飛び出てきて論旨をすり替えた話を展開されたことが、不愉快な記憶として刻まれていることが背景にありそうです。
「要約すると」や「簡単に表すなら」と切り出せば良いところを、なぜだか、「平たく言うと」と前置さするからには、語り手に主張や視点をずらす意図があり、煙に巻かれるかもしれないと感性が強張るよう。
「平たく言うと」、騙されるのではないかと身構えるわけです。
さ。
※雑感
何もそこまで深い意図をもっているわけでもなかろうと思う反面、平たくできないものもあるじゃないかと思ってしまうのです。球は球であり、平らな面で構成するわけではないのですから、平たくせずに形状も表面の凸凹具合も含めて要約して欲しいと考えるわけです。「平ら」であることは、「平」という文字が平穏や平和などの言葉にも使われており、潜在的に好まれる言葉なのでしょう。だからこそ、その前置きをされると、あとに続く言葉をするりと受入れてしまう人も多いように思うのです。
EMIRPs Today(2026-04-02)#2904 平たく言うと
