おはようございます、さいとうです。
しまった、ウエアの腰回りが軽い、背中のポケットが空っぽじゃないか。充電中のスマホを忘れた、踵を返していつもの倍の距離の運動になりました。
生来の猫舌で子どもの頃からお茶は冷ましてから飲み、熱々の麺類なんて考えただけで舌や頬を火傷しそうで尻込み、口にするものだけでなく、風呂も熱い湯は苦手、「ぬるい」方が性にあっていました。お茶を飲む時も「ぬるくなったかなあ」と母に尋ねて、お風呂もぬるめにササっと浸かるのが常でした。
「ぬるい」とは不思議な言葉です。熱いや冷たいは、触れられないほどに温度が高いとか低いとかで括れるように思いますが、「ぬるい」は言うならば本来のあるべき温度よりも低い状態を指していて、絶対的な温度というよりも相対的な感じ方を表しているように思います。
「熱い」や「冷たい」は感情面ではニュートラルなので良い悪いはないのですが、「ぬるい」は一般的には望ましくない様子や状態に使われる場面が多いようで、自分が「ぬるい」を好んでいることを恥ずかしく感じていました。
あるとき、母が自宅の傾斜がゆるい階段を来客に「ぬるい階段」と言われたと教えてくれて「ぬるい」にそんな使い方があるのかと驚いた記憶があります。穏やかな傾斜に向かって温度を表す「ぬるい」を使うとは思ってもいませんでしたから感心すると同時に、ざらっと引っかかるものがありました。
その人が「ぬるい」と言ったのは、穏やかな階段を好ましく思っていないということだろうか、本来はもっと傾斜をつけるべきところなのにと非難されているように感じたからでした。
「ぬるい」という状態は、自分にとって望むべく温度であり、好ましいことであるのですが、「手ぬるい」「生ぬるい」に代表されるように、「ぬるい」は一般的には物足りなさを表している可能性があると理解するようになり、いつしか「ぬるい」という言葉をあまり使わなくなりました。
しかしなあ、スマホを忘れるとは気が緩んだか、とほほ。これは「ぬるい」。
さ。
※雑感
京都の古い町家などでは、手を使わないと上がり降りが難しいような急階段もざらで、いわゆる「きつい階段」。「きつい」は寸法などが弛みなく隙間ない状態や手厳しい言動等を表し、「手厳しい(きつい)」に対して「手ぬるい」とも言うわけですから、緩やかな階段を「ぬるい」と表すのは感覚が似ているようにも感じます。「ぬるい」は「温い」を由来とする言葉だそうですが、その変遷を調べると、案外、感情が高ぶりや怒りで「熱くなる」、何かに没頭して「熱中」などと言うくらいですから感情と体温(温度)との関係が分かるのかもしれませんね。
EMIRPs Today(2026-05-19)#2933 ぬるい
