おはようございます、さいとうです。
丈が少し長いので、こちらだけ0.5センチほど詰めましょう。右と左で腕の長さが少し違うようで、齢をいくら重ねてもその長さが揃ってくることはないから毎度のこと、はい、お願いします、と。
このシャツや上着を合わせる際に、使われる丈(たけ)と言う言葉が面白い。
高さや長さを表している「丈」という言葉は、上着の裾までの長さならばその起点が首か肩かにより着丈(きたけ)か身丈(みたけ)で表し、腕(袖)の部分の長さならば袖丈(そでたけ)。
「身の丈にあっていない」と言うと、その役割や責務が本人の現在の状態には見合っていないことを表す。その身に着ける衣服(役目や地位など)を着こなすほど肉体(能力)が出来上がっておらず、ぶかぶかのイメージでしょうか。
身長なら背丈(せたけ)、足先から頭頂までの高さを表す。幼い頃は、学校で春の身体測定が終えたあとに「丈はどれくらいだったか」と身長を尋ねられたこともありましたが、今では「丈」はあまり耳にしなくなりました。
居丈(いたけ)については座った時の高さのことでいわゆる座高に近い概念。「座高が高い」と言われると、現代的には脚が短いことを遠回しに指摘されているようでほんのり不愉快ですが、「居丈高(いたけだか)」は足の長さとは無縁、威圧的に見下している態度を表す。意味は違うがどちらも、あまり使いたくない表現です。
「丈」を「たけ」と平仮名で表すことが多い言葉もいくつか思い浮かび、これらの言葉は軽やかな印象を持ちます。
「くびったけ」は、首の高さまで積み重なることから何かにどっぷりとはまる様子を表しますし、「ありったけ」では、そこに在るものの高さを指すことから、あるものすべてのことを表します。同じような使い方では「思いのたけ」では、考えていることや思っていることをすべてという意味になります。
「丈(たけ)」に面白さを感じるのは、単に計量的な長さや大きさを意味する言葉ではなく、人間の身体の長さや高さに由来し密接に関わった表現であり、「身のたけ」や「くびったけ」「思いのたけ」などを見聞きすると、生きている温かさを覚えるからかもしれません。
さ。
※雑感
「丈」を「たけ」とは言わずに「じょう」と読む言葉では、いかにも大陸からやってきた匂いが漂います。「丈夫」や「大丈夫」という単語では、「丈」が背の高さを示し、「夫」が男性を表し、「丈夫」は成人した男性が屈強であることを、さらに接頭語「大」をつけて、強くて危なげない安心した様子を表す「大丈夫」となるわけですが、普段の会話の中で使う場合は「だいじょうぶ」と平仮名で表したくなる言葉です。
EMIRPs Today(2026-07-02)#2965 丈(たけ)
