おはようございます、さいとうです。
何年ぶりかに、木の板材に触れる機会がありました。無垢の木材から漂う香りに、深いところにあった記憶が擽られました。
中学生になったときにクラブ活動で何をするかが、当時の中学一年生にとっては重要な決断のひとつだったように思います。運動部から文化系まで、いくつもある中から、当面の三年間に時間をかけて取り組む活動を選択するのですから「それで人生が決まる」と大そうに言い出す級友もいたりしました。
そのころ、屋外の活動や埃っぽいところではアレルギー症状に苦しいことが増えていたこともあり、スポーツ系は難しいだろうと見送り、端から屋内の活動に絞って候補を眺めたものの、これはと思うものが見当たらなかったのです。
ないならば、作ればいいんだとばかりに担任の先生に相談しました。
「木工をしたい」と。たまたまでしょうが、学内の教員の中に自宅の家具を手作りする腕前の先生がいらしたこともあり、担任がその木工熟練先生に顧問となるように話をつけてくれて、木工部を作ってもらいました。
技術室を拠点に、最低限必要な鋸や金槌、かんな等は部費で揃えて、その他の万力やドリルなどの道具や機器類は技術室のものを自由に使ってよいとの寛大な協定をも取り付けてもらえて、あれこれ、工作を楽しみました。
木材の木の種類によて異なる独特の香りが楽しく、また、目の細かい胴付き鋸で小さな木屑と鉋で上手に引いたときのごく薄い薄皮とでは、匂いの立ち方が違うことを発見したりと、振り替えててみると、木工作そのものもさることながら、木と触れて親しむことを楽しでいたようにも思います。
木は生きている植物の香りとその後の材としての香りと二つあります。
森林で感じるのが大地に根付いた生命の香りだとすると、木材の放つ香りは、人の手により生活や暮らしの中で活用、利用されながらも木の存在価値や意味をずっと語り続けているようにも思うのです。建築から建築から何百年も経た古民家や古刹の柱や槍を一皮むくと、まだ木の香りが漂うことがあるというのですから驚きます。
そして、木の香りが記憶の扉の鍵にもなっていたりするのでした。
さ。
※雑感
育った環境のせいでしょう、幼い頃から木工の鋸や金槌の他にも、ドライバーやペンチ、スパナなどは身近にあり、木工作だけでなく、家電の分解や修理、金属を使った工作、ラジオなどの電子工作なども好きでした。
香りに目を向けると、今でも潤滑脂の匂いやはんだ付けの匂いなどは心地よい側にいますし、中でも木材の発する香りは心地よい方にかなり触れ格別です。建築中の木造戸建て現場などの近くを通ると、なぜかウキウキするのです。
EMIRPs Today(2025-09-01)#2765 木の香り
