小学生の頃に読めなかった漢字に「曖昧」があります。すっとばして前後から意味を推し量ろうと、横着した覚えがあります。
ひとりで本を読んでいて声に出すわけではないので、読み方がわからなくても意味が通じればいいやと思ったのですが、曖、昧という漢字からも前後の文脈からもうまく理解できないままに流してしまったのでした。
ふたたび「曖昧」が現れた際に観念し漢和辞典で調べてみて「あいまい」と読むのかと知ったのでした。「なんだそうならば、あいまいと書いてくれたら誰でもわかるのに」と自分の怠慢や無学を棚にあげて屁理屈をこねたのでした。
「あいまい」と似た意味を表す言葉のひとつに「あやふや」があります。両者ともに不確実ではっきりしない様を表しますが、何がどう違うのだろう。広くは「あやふや」で括れるものの、発言者の意思や意図をともない意識的な場合は「あいまい」と使われることが多いよう。
物事や意思を明言したくない場面での「あいまいに答えておいた」なんて使われ方がその典型で、「あやふやに答えておいた」ではしっくりきません。
ところが、答える方は意識的に「あいまい」ですが、その答えを受けとった方は「あやふやな答えで困る」となるわけですから面白い。さらに言うならば、意図的に曖昧に答えられたと判る場合は「あいまいに答えられてしまった」と「あやふや」よりも「あいまい」が適する場合もあるように思います。
このところ、ネットを駆け抜ける世界情勢の報には胸が締め付けられる思いがします。「あやふや」な様相にも意図的な「あいまい」を感じることもあり、ついつい眉間に皺がよってしまいがち、平穏に過ごしたいものです。
さ。
※雑感
「曖昧」との出会いがいつ頃のことで誰が記した小説だったのか記憶はすでに定かではないのですが、しぶしぶながらも漢和辞典を持ち出したことを思うと三四年生くらいのことだったのでしょう。「曖昧」という単語を目にするたびに思い出します。
今ならば、スマホがあればすぐに読み方もわかるのでしょうが、横着者はそれで覚えることができただろうかと考えると甚だ怪しいものです。
EMIRPs Today(2025-06-24)#2718 あいまい、あやふや
