EMIRPs Today(2020-04-02)#1451 桜に似合うバス

おはようございます、さいとうです。

権之助坂の半ば目黒川に架かる新橋のあたりが、ふわっと明るく膨らみました。上流も下流も、右岸も左岸も桜が咲き満ち満ちて、朝陽に白く輝いていました。

目黒通りを走っていると、未来感たっぷりの路線バスが通りました。ボディは黒ガラスで覆われ、天井に何かの装置を載せて、胴体には「H2水素」と大書されていました。トヨタの燃料電池バス「SORA」でした。

先日、東急バスが4月1日から路線運行に初めて燃料電池バスを導入すると発表されていました。東98系統という東京駅南口と等々力操車所を結ぶ路線に投入されたよう、目黒通から霞が関を抜けて東京駅に向かうバスです。

路線の端から端まで全線カバーするダイヤが、平日に上り下りともに4本を編成されており、ぼくが見かけたのは上りの始発だったよう。等々力操車場を6時50分に発車し、8時頃に東京駅に到着する通勤バスでした。

すれ違いざまにバスの車内を覗いてみたのですが、乗客はぱらぱらのよう。そうそう、目黒通のバス路線はかつて見たことがないほど通勤通学客が少ないのです。せかっく導入された真新しい燃料電池バスなのになあ。

まてよ。これほど空いているなら、楽ちんに座ってみるチャンスだぞ。オフィスの前の道路も通って行くバス路線なので、一度、乗ってみようかな。乗り物好きの血が騒ぎます。

静かに疾走する燃料電池バスの窓から、満開の桜を眺めるのも良さそうだ。

さ。

※雑感
この燃料電池バスに取り付けられたナンバープレートは「・109」でした。希望ナンバー制度を使って、「とおきゅう」ナンバーを取得されたのですね。東急バスの思い入れを感じます。

EMIRPs Today(2020-03-31)#1429-1449 2020年03月配信分

EMIRPs Todayに毎朝おつき合いをいただき、誠にありがとうございます。

連日のコロナ関連ばかりの報道に、まったく気分が暗くなりそう。「要請」「禁止」だなんて、その内容やメッセージにかかわらず、個人の行動について抑制を強いられるように感じてしまいます。

販促コピーで「おすすめ」「一押し」なんてフレーズが使われれば、なんだか楽しいことや掘り出し物があるのかなと心が少しは華やぐ方向に動きますから、つくづく言葉の使い方は大切なのだと思います。

世界的な窮地を乗り切るためにも、気持ちが明るくなるような言葉やフレーズを使っていきたいと思うのです。

「からすのかってでしょ♪」なんて、上手すぎましたね。

さ。

2020.03.02 1429 週末の公園にて
2020.03.03 1430 花粉の鐘
2020.03.04 1431 花が咲くのか、花は咲くのか
2020.03.05 1432 啓蟄の虫は何
2020.03.06 1433 ヘルメット新調

2020.03.09 1434 縛りが拓く未来
2020.03.10 1435 小指の存在に感謝
2020.03.11 1436 高級車は売れているみたい
2020.03.12 1437 通勤客が減った
2020.03.13 1438 薫りにご機嫌の朝

2020.03.16 1439 桜咲く
2020.03.17 1440 指折り数える
2020.03.18 1441 凸が印す道
2020.03.19 1442 ネット仲間も本当の仲間

2020.03.23 1443 畑の幼子
2020.03.24 1444 桟橋のカフェ
2020.03.25 1445 激坂も生活圏に
2020.03.26 1446 ロックダウンを避けるべく
2020.03.27 1447 片喰と豆大福

2020.03.30 1448 カフェの社会的距離
2020.03.31 1449 ぴっかぴかの夢を大切に

EMIRPs Today(2020-03-27)#1447 片喰と豆大福

おはようございます、さいとうです。

高輪のお屋敷街を歩いていたら、遠くに黄色い花が咲いていました。菜の花にしては少し背が低そうだ、近づいてみるとカタバミでした。

歩道の両脇にあるちょっとした植栽に十数メートルあまりほど続いていました。ハートの形をした三枚の葉っぱからひょこっと伸びるのは、ビタミンカラーの真っ黄の花びら、わんさかわんさか勢いにあふれていました。

カタバミを漢字で書くと「片喰」が一般的でしょうか、葉っぱを齧ると酸いことから酢漿草とも記すそうです。片喰は根が深く張り繁殖成長力が強いことで知られます、種が熟すと鞘が弾け四方に飛び散りさらに陣地を広げる逞しさ。

生命を感じる黄色い花と多少の環境変化にも動じず子孫を増やす強かさは、家を護る当主たちから繁栄の象徴のように見られたのでしょう。日本の五大紋のひとつとして、多様な図案が起こされて家紋に使われてきました。

江戸時代から続くお屋敷の路傍に咲いているこの一群は近年の発生なのか、いやいや古くからこのあたりにずっと生育している歴史の番人なのだろうか。春風に花頭を振る様子をいくら眺めてみても、いっこうに答えは知りえない。

かさこそと音がするので見上げると老木の枝先で桜花に鳥が戯れていました。逆光では陰翳しか見えません、あの大きさはヒヨドリでしょう。花びらを羽織るように突いていました。この桜も、ヒヨも、お屋敷番なのかもしれません。

さてと、花より団子。
高輪の尾根に出たところで左に折れ、老舗の和菓子屋に立ち寄りました。大好きな豆大福、今日はまだ売り切れ前に間に合いました。ぽん、ぽん、ぽん、いくつかを包んでもらいました。

さ。

※雑感
この「松島屋」の豆大福は、大好きな和菓子の一つです。ゴルフボールよりも一回り大きい大福は、手のひらに載せてみるとずっしりと重い、周りにつく粉を気にせず頬張ると、塩味のある餡とふっくら豆が口の中で踊りだすのです。売り切れ後免で、午後にはなくなる。永く続いてほしい、お気に入り。

EMIRPs Today(2020-03-24)#1444 桟橋のカフェ

おはようございます、さいとうです。

今朝は花冷えですね、強い風がさらに寒さを思い出させます。春分も過ぎたからと仕舞いかけた上着を、あらためて掴んで家を出ました。

海が見えるカフェがあるので行ってみようと、週末に出かけてきました。ゆりかもめの竹芝駅と日の出駅のちょうど真ん中あたり、水上バスの乗降場が設えられた日の出桟橋にお店がありました。

コンクリート打ちっ放しのシンメトリー、その建物一階がカフェのようです。お店の手前は芝生敷きの広場になっていて、子供連れの家族がお弁当を広げていたり、ベビーカーを横に置いて読書をされていたりと、プチピクニック。

ガラス張りの入り口をくぐると店員が尋ねてくれました、店内にしますか、テラスにされますか、海側の窓からの明かりが逆光となり、青年の表情はぼんやりとしか見えません。外が良いよと陽ざしが誘っているように思いました。

スキップフロアの段差を踏み超えて外に出てみると、目の前が水上バスの桟橋になっていました。今にも空に飛び立ちそうな水上バスが停船していました。松本零士氏がデザインした宇宙船スタイルシリーズのうちの一隻でしょうか、「ホタルナ」と書かれていました。

桟橋との垣根はローズマリー、小さな花を咲かせていました。遠くには東京湾の水面を切って走る水上バスが見えました。シーザーサラダ、トマトとモッツアレラとバジルのパスタを頼みました。初夏のような潮風が、仕上げの香辛料。

いつのまにか、満席になっていました。
時計の針が、ここだけゆっくりと動いているようでした。

さ。

※雑感
こんな時だからこそ、気持ちが萎縮しないようにしたいものです。芝生を駆け回る無邪気な子供たち。こんな屋外でまばらにいたならば、濃厚接触だなんて気にすることはないのかもしれません。たくさん遊んで、たくましくなって欲しいと思いました。

EMIRPs Today(2020-03-02)#1429 週末の公園にて

おはようございます、さいとうです。

前を歩く男性の右の人差し指に一人、左の人差し指にもう一人、双子かな。同じ服を着た二人が覚束ない足取りで、板張り遊歩道を踏みしめます。

歩道を曲がった先にある、地元の児童公園に向かっているようでした。少し離れた後ろを、歩みを合わせてのんびりと続いていたのですが、脇に咲く花を見つけた二人が並んでしゃがんだところで、追い越しました。

公園に着いてみると、小学生くらいの子供たちが集まって戯れていました。草の斜面では正義を叫びながら駆け上がっては降りてきてを繰り返す男児ら、大木の周りの土が洗われて根っこが丸見えになった背丈ほどの高さの崖では、その根っこ欄間の上をそろりそろりと猫歩きする男の子と後ろに女の子。

赤い毛糸帽の幼女は、背丈の半分もありそうな縫いぐるみを抱えて仁王立ち、小さな東屋で座っている母親と思しき若い女性の方に向かって、満面の笑み。手を微妙にかざしながら撮影に余念がないのは映え加減を探っているよう。

さて、今日から急ぎ小中学校や高校が休みになるのは、承知のことです。学校が閉まっていたら、この子供たちはどうやって過ごすのかなあ。自宅にこもってネットでつないで友達とゲームでも遊ぶのかな。

「子供は風の子」って言葉は、最近ではすっかり聞かなくなりましたが、戸外にでて公園ではしゃぐ子供たちを見かけると、心が落ち着きます。

そこに、街の健康や未来を感じるからなのかもしれません。

さ。

EMIRPs Today(2020-02-28)#1411-1428 2020年02月配信分

EMIRPs Todayに毎朝おつき合いをいただき、誠にありがとうございます。

母から荷物が届いたので、そそくさと開けてみると八つ橋が出てきました。細長い瓦状にこんがり焼いたものと、生八つ橋と呼ばれる柔らかいもの。

にっきの風味が好きで、どちらも、甲乙つけがたいなあ。珈琲と八つ橋の相性が良くて、簡単に至極のおやつ宴が始まります。思わずにんまり。

いつも、八つ橋を食べるときには菓子そのものにしか目をやりません。包みも、せいぜいどこのお店のものだろうかと銘柄を読む程度ですが、珍しく、手に取った包装紙を眺めながら食べていました。

何やら、英文字で書かれていました。そういえば、八つ橋って英語では、何て言うのだろう見当がつきません。そこには、「CINNAMON COOKIES」と書かれていました。

そうか、シナモン・クッキーというのか。んん、クッキー、八つ橋はたしか小麦粉ではなく米粉だよなあ。

まっいいか。シナモン、美味しいし。

さ。

2020.02.03 1411 ふくろうと老婆
2020.02.04 1412 立・デジタル社会
2020.02.05 1413 ほんまか、そのニュース
2020.02.06 1414 熱い!、創作温度
2020.02.07 1415 大きい籠

2020.02.10 1416 暮らしのパン屋

2020.02.12 1417 内に重ねる
2020.02.13 1418 新駅、あと一か月
2020.02.14 1419 ドライブレコーダー

2020.02.17 1420 葡萄酒は食べる感じ
2020.02.18 1421 公衆衛生と向き合う
2020.02.19 1422 文科省の新型コロナ対応方針
2020.02.20 1423 テレワーク考
2020.02.21 1424 2月の天皇誕生日

2020.02.25 1425 奥沢では大蛇が治めた
2020.02.26 1426 春の雨に想う
2020.02.27 1427 桜粒ですっきり
2020.02.28 1428 AIが創った新作

EMIRPs Today(2020-02-27)#1427 桜粒ですっきり

おはようございます、さいとうです。

外の空気に触れたくて建物の外へ出ました。そうだ、ミントでも買おう。ケースを振ったらコロンッと一粒、桜の花が浮き出ていました、ほっこり。

コンビニのレジ近くや棚の端の方にはミンティアやフリスクなどミント菓子が肩を寄せ合って並んでいます。近年、ミントなど口中清涼菓子、錠菓(タブレット菓子)と呼ばれる市場が賑やかです。

口中清涼菓子と言えば永年その市場をけん引した代表は、いわゆる「ガム」。そこに、1994年にオランダからやってきたフリスク「FRISK」が登場して錠菓市場に火が付いたわけです。

白く整った四角い容器に50粒も入ったミント・タブレット「FRISK」は衝撃。見た目からして爽やかで、仕事中の机の上に無造作に置かれているだけで、お洒落な感じもして、若者中心に人気を博したのでした。

アイデアを思いつくという脳内の活性と、タブレット菓子を結び付けたテレビコマーシャル「SHARPENS YOU UP」は、自分も「FRISKを食べたら冴えわたるのだ」とある種のブラシーボ効果をもたらしたように思います。

さて後発、2年後の1996年に登場したのがミンティア「MINTIA」でした。少し厚みを抑えて平べったい容器に同じく50粒が入っていて、価格設定は「FRISK」の200円に対して「MINTIA」が100円でしたから錠菓市場がさらに加速し、現在では300億円超えまで拡大しました。

今では、ミンティア「MINTIA」が市場シェアの約半分を占めるまで躍進。季節に応じて果実モデルが登場したり、チョコレート風味やカルピス風味も販売されたり、清涼感だけでなく、おやつ感も演出する商品力には脱帽です。

さて、コンビニで手にとったのはピンク容器の、ミンティアさくらでした。タブレットの表面には、桜の花が型押しされていました。

清々しさとともに、桜が舞い散る様子が思い浮かびました。

さ。

※雑感
かつて2000億円と言われたガム市場は、今では500億円前後。一方で、錠菓市場が400億円まで成長し、同じくグミ系菓子が400億円まで拡大。自分が大人になったからガムを食べなくなったのではなく、そもそもガム市場が縮減しているのだと知りました。

EMIRPs Today(2020-02-25)#1425 奥沢では大蛇が治めた


おはようございます、さいとうです。

週末に散歩の足を延ばして、自由が丘近くの奥澤神社に立ち寄りました。

奥澤神社が地域の守護神として建立されたのは、室町時代のことだそうです。世田谷一帯で勢力を誇っていた吉良氏が、家臣である大平氏が当地に城を築くにあたり八幡神を勧請したのが由来、以前は八幡神社と呼ばれていたそう。

この神社の鳥居には藁で作られた大蛇が絡みついています。自由が丘から続く道筋から社に入ろうとすると、鳥居の上に居座る巨大な蛇が、かあっと見開いた目でお参りに訪れる人々を睨みつけてくる。思わず足が竦みます。

江戸時代の中ごろから「奥澤神社の大蛇お練り神事」にて祀られる大蛇は、厄除けの守護神として崇められ、毎年九月に大蛇が地域を巡り歩いたのちに、一年を護ってきた鳥居の大蛇と役目を交代する形で鎮座する。

もともとは奥沢の村にて疫病が流行した際に、当主が夢で八幡神から藁の大蛇を担いで村を練り歩くよう告げられて、早速、大蛇が作られて巡行したところまもなく疫病が治まったとの言い伝えによると言います。

さて、刻々と罹患状況が変わる新型肺炎の動向が気になる日々です。水際強化だ、マスクの増産だ、収容施設確保だと対処すべきことは数多ある。時は江戸、科学も文明も拙いころに「大蛇が村を練り歩く」ことにより村民の意識や目線を合わせて一致団結して取り組んだ奥澤村に学ぶことも多そう。

今、私たちが担ぐべき「大蛇(だいじゃ)」は何だろうか。

立派な本殿の前に立って、思いを巡らせていました。目の前で冬の日向ぼっこを楽しんでいた茶猫が、おもむろに大あくび。右脚、左脚、しなやかな脚さばきでゆうゆうと横切っていきました。

さ。

※雑感
2月22日の猫の日に、優雅に歩く猫に出会って、ちょっと楽しい。奥沢城の跡地は今は九品仏(浄真寺)となっていますが、八幡神社が奥沢神社となった今も「八幡」という地名は八幡小学校や八幡中学校に残っています。八幡小学校は、奥沢神社の社寮に始まったそう。大蛇が疫病を治めたからこそ、今の奥沢界隈の繁栄があるのだろうなあ。

EMIRPs Today(2020-02-17)#1420 葡萄酒は食べる感じ

おはようございます、さいとうです。

「ワインの始まりは、紀元前6000年ごろ」。
週末に開催されたワインの基礎講座で、講師の指先が欧州の地図上を辿りました。

紀元前6000年と言えば日本では縄文時代の前期と呼ばれる頃で、定住型の生活様式が定着し始め集落の形成が進んだ。縄文早期に造られはじめた撚糸文模様の土器がさらに進化し、漆塗りが発明された時期です。

そのころに葡萄からお酒を造り始めたのは、ジョージアだそう。そこから西へ、ギリシャで葡萄酒文化が花開き、ローマへとわたったと。フランスやイタリア、スペインは今でも良質なワインの生産国の代表格ですが、今や北米、南米、豪州等の欧州文化の影響が強い地域のみならず、日本を始め全大陸で造られている。

葡萄酒が世界に広がった理由は諸説あるようですが、その大切な要素の一つに「葡萄の果実のみで酒を造ることができる」という特性があげられます。実に葡萄さえあれば、水を足したり、蒸留したりする必要はないのですから。

仕事柄、「酒は何を飲まれるのですか」と尋ねられることがしばしばあります。飲む酒の種類を聞かれると、甚だ答えに困るのです。特段、毎日晩酌をするわけでもないですし、何時間も飲み続けたり、瓶を何本も空けたりするほど酒に強いわけでもありません。飲み物としてはコーヒーの方がよほど大量に飲む。

ただ「好む酒」を尋ねられたときは、すぐに「ワイン」が口をつきます。ぼくの勝手な食いしん坊的解釈ですが、ワイン以外のお酒はお茶やコーヒー、ジュースなどと同じように飲み物のカテゴリーのものですが、ワインだけは「食べる」感覚に近くて、食べ物の類にあるのです。ワインを口にすると、その産地の葡萄を食べているような気分になるのですから不思議です。

教室がくすくすと笑いに包まれました、ああ、聞き逃してしまった。
ぼくが妄想している間に、講師の話は先に進んでいたようでした。

さ。

※雑感
今はワインも工業生産的に品質管理も進んでいるので、産地やビンテージではなく、メーカーとブドウ品種が前面に出されて収穫、酒造の年にかかわらず似たような味を提供するものも増えているのも事実ですし、一方で、日本酒も、焼酎も、ウイスキーも、銘柄が育まれた環境や物語を聞くと味わいの深さや風味の背景を感じ入ったりします。それでも、ぼくの中では「ワインは食べる」感じです。

EMIRPs Today(2020-02-10)#1416 暮らしのパン屋

おはようございます、さいとうです。

少し道草、足を延ばして自由が丘を通って帰ろう。奥沢神社の先を右に折れて、住宅街をぷらぷら歩いてみました。

駅前のロータリーに着いてみると、いつもの週末より人手が少ないよう店の外まで行列をつなぐタルト屋さんも、今日は店内に人がちょろちょろ。「週末限定の苺大福はいかがですか」、和菓子屋の声が空を切りました。

自由が丘の商業地を抜けたので、九品仏の裏を回って帰ることにしました。お気に入りのパン屋さんに寄ってみることにしました。

小さな扉をよいしょ、「いらっしゃいませ」はつらつとした声が響きました。店は二人も入るときゅうきゅう、三人目のお客さんは外で立つほどの小ささ。今日はサクサクのパイ生地にカスタードクリームを詰めた甘いパンをもらいました。一緒に、焼き立てバゲット一本を包んでもらいました。隣では、背の高い青年が熱心にパンを選んでいるところでした。

扉の外にはマフラーをぐるぐるに巻いたご婦人が順番を待っていました。寒いところを待たせたようで申し訳なく軽く会釈すると、にっこり笑顔。「こんにちは」、「こんにちは」、背中で元気な挨拶が交わされました。常連さんなのでしょうね。おっと次のお客さんがすでに並んでいました。

この地元のパン屋さんは、いつもと変わりなく来客があるようでした。パンの袋をぶらぶら提げて、猫じゃらし公園の脇の路地を抜けて帰りました。有機野菜の畑を囲むように植えられた白梅と紅梅の並木が、満開でした。

ああ、ゆっくりと回る暮らし風景。これも悪くないものだ。

さ。

※雑感
自由が丘の駅前は、普段の週末なら待ち合わせの若者たちが群れ広がる改札前のあたりも、真っ直ぐに進めるほどでした。駅近くのカフェやレストランが並ぶ繁華街あたりも、すこすこと歩けました。冷え込みがきついからか、コロナの影響なのだろうか。

EMIRPs Today(2020-01-22)#1403 カレーの日


おはようございます、さいとうです。

そうだ、カレーを食べよう。
半年に一回か二回、そんな気分になる日がある。

子供の頃から辛い食べ物が得意ではない上に、カレーだとついついスプーンいっぱい頬張ってしまうために食べた後で口の周りが辛くなってしまうのも、正直、あまり好みではない。そのせいか、そう頻繁に食べたいとは思わない。

それでもふいにカレーの独特の風味が脳の中で湧き上がってくることがある。あの刺激的な味や香りが目覚まし時計のスヌーズのように脳内で繰り返され、止めても止めてもカレーを口にするまで延々と続くのだ。

最初はキーマカレーが良いとか、ほうれん草がたっぷり入った緑色のカレーをナンにつけようかとか、インド料理よりのカレーの類が思い浮かぶのだが、だんだんとカレー波の打ち寄せ間隔が短くなってくると、揚げたてカツが載ったカレーや蕎麦屋の丼に装ったカレー等、次第に和へと近づいてくるのだ。

そして、行きつく先は、丸い平皿に湯気の上がる白米が緩やかな丘を造り、そこに、どろどろとしゃぶしゃぶの中間くらいの加減にカレーにジャガイモ、人参がごろりと見え隠れしている、あのカレールウの包装箱の写真にあるような、典型的な日本のカレーライスが目から離れなくなってくる。

そうなるともう「カレーを食べよう」から「カレーを食べろ」へと書き換えられて、執着心と使命感が混然一体となるから始末が悪い。トム・クルーズばりにひたすら完遂するまでカレーを追いかけることになる。

さて、今日は「カレーの日」だそうだ。
前回のミッションから数えると、ぼくの「カレーの日」もそろそろだ。

さ。

※雑感
日本缶詰びん詰レトルト食品協会によると、日本のレトルト食品の生産量は近年じわじわと増えており、2018年ベースで年間約38万トン、5600万箱が生産されました。カレーは他の食品を抑えて圧倒的1位の規模、重量構成比で約40%を占めているそう。箱数でみるとカレーの年間国内生産は2430万箱。さば缶が540万缶ですからいかに多くのレトルトカレーが生産されているかがわかります。やっぱり、カレーは国民食なのでしょうかね。

EMIRPs Today(2020-01-17)#1400 育む


おはようございます、さいとうです。

よく観察すると、胡蝶蘭に次の花芽が顔を覗かせました。数えてみると五つ。これから軸が伸びていくので、四月ごろには花が見られそうです。

このところ、事務所にある鉢も、居間にある木々も、グリーンが元気です。胡蝶蘭は夏過ぎに咲き終えてから樹形を整えてあったのですが、年末頃に、赤ちゃん芽が見えてきて、そろりそろりと数センチまで伸びてきました。

一昨年に株分けしたオーガスタも勢いが良い。20センチほどの樹高の時に、独立させて小さい鉢に移しました。その後、半年に一葉ずつの歩幅は安定し、そのたびに葉長が三割増すので、そろそろ樹高が60センチを超えました。

親株は4メートルをも超えて天井に着くほど、その遺伝子を受け継ぐよう。オーガスタ2号は食卓に似合う仕立てに育てたいのですが、鉢の径を抑えておけば良いのだろうか。ぼくの手入れ技術はまだまだ未熟なようです。

そう、例のドライフルーツの種から芽を出したナツメヤシも、一葉目から半年空けて生まれた二枚目の葉も順調に育ってきました。まさか実がなることを願ってはいませんが、腰高のナツメヤシを眺望しながら水をやっています。

植物はたくましいと思うのです。環境を整えてあげると着実に成長します。声を上げて泣き騒ぐわけでも、とことこ動き回るわけでもありませんが、ゆっくりと新しい芽や葉をだしたり、花を咲かせたり、はたまた住居が窮屈になると脇から子株を生み出したりと、確実に成長を遂げようとします。

室内でともに過ごすことができる観葉植物くらいがぼくには相性が良いよう。水をやり枝葉に手を入れてあげながら、将来の姿を思い描いて語りかけます。ああ企業や事業を育てることと似ている面も多い。日々、教わるばかりです。

さて、今朝は目が覚めてぶるっとしました、週末に向けて冷え込むよう。少し、暖かい恰好で出かけることにしようと思う。

さ。

※雑感
植物たちも、永いものになると、もう十数年もともに過ごしたものもあります。ときに、葉の色を変えてしんどそうなこともあれば、一斉に葉を落としてしまうようなこともあり、そのたびに環境を整えてあげます。
それでも、胡蝶蘭のように何年にもわたり何度も花を咲かせてくれたり、赤子の肌のようなきめ細かい薄い新葉を見せてくれると、家族のように思うのです。

EMIRPs Today(2020-01-14)#1397 デジタル解毒の効用

おはようございます、さいとうです。

この一年ほど、休日にはスマホを書斎に置いておくことが増えました。積極的に、デジタル・デトックスに取り組むようにしています。

なにもオンライン・ゲームに浸かっているわけでも、SNSなどに依存しているわけでもないのですが、仕事でも暮らしでもPCやスマホ、ネットの情報を使うことが多く、ついつい自分の軸が傾いでいるように感じたからでした。

テレビを習慣的に見なくなって久しく、それで日常に支障はありませんから、きっと、デジタル機器を遠ざけても問題ないだろうとの考えです。

よし、スマホを見るのを控えようと決めたときは、出かける際にも財布しかもたずに、読書もキンドルではなく単行本を手に取るようにしました。

雑踏の話し声も、自動車の走行音も、よく届いてきます。さらに耳を澄ますと風に揺れる庭木の葉音や鳥の鳴き声、散歩中の犬の足音も聞こえてきました。

意外な効用は、ゆっくりと食べようとする意識が高まったことでしょう。子供の頃から早食い、母から常に「良く噛んで食べなさい」と言われました。「カレーは飲み物」なんて耳にすると仲間を見つけたようでにんまりするほど。

ところが、目で追うデジタル情報量が減じてくると聴力が冴えてくると同時に味覚や嗅覚もにわかに敏感になり、また、時を刻む体内時計も少しゆったりと進んでいるように感じてきました。感覚や感性は密接につながているという
ことなのでしょう。

普段、いかに「せっかち」にデジタルを貪ってしまっているかがわかります。社会に組み込まれたデジタルの仕掛けは、生活を一層便利にしてくれます。ただ、デジタル・エピュキュリズムには溺れないようにしようと思うのです。

さ。

※雑感
高校生の頃から、常にPCに触れ続けてきました。ところが根はアナログ好き。未だに手帳を使って予定を留めるし、もやもや、ふつふつと考えの糸口が見え隠れする時には、絵や図にしてみたり文字にすることにする。
そこで手の怪我で困ったことが一つあり、筆記具がうまく使えないことです。皮肉なことに、このコラムもデジタル・デバイスならば執筆できるのです。デジタル機器を使いながら、デジタル・デトックスができないだろうか。

EMIRPs Today(2020-01-08)#1394 よく耳を傾ける

おはようございます、さいとうです。

ああ、こんなにいい音を聞かせてくれるんだ。
しばらく、書斎机の飾りになってしまっていたスピーカーを再稼働させたのです。

ちょこんと置いてあるのは、高さが30センチにも満たない小型スピーカーです。いわゆる、ブックシェルフ型の中でも小さい類のもの。もう10年近くも前に、お気に入りのシルエットのそれを手に入れることができました。

本格的にオーディオを楽しんでいる向きからすると箸にも棒にもかからないであろう中等品ですが、PCで動画を観たり、調べ物をしたりするときにネットラジオを流して聞く分には十分だと思い、年代物アンプとつないでありました。

ところが、心地よい音が出ないままに、もう何年もブックエンドになってしまっていました。そこで休みに点検してみたのでした。どうやら具合が悪いのはアンプの方だとわかり、入れ替えてあげました。

音を流すとこれまで何年も眠っていたことが嘘のように朗々と響きました。そうなるともう少し手を入れてあげたくなります。ケーブルの電線部分を剥き直し、接続プラグの汚れを清掃して、台座もしっかりと調整してあげました。

よし、これで良いだろう。ふたたび、音楽を聴いてみます。amazon primeの映画を観ました。拾えていなかった喧噪が聞こえました。ダイアナ・クラールを聴いてみました。ふわっと息がかかりそうでした。ラフマニノフの2番ではどうだ。辻井ピアノの鍵盤がとても楽しそう。

はっとしました。

対話やコミュニケーションでは良く聴くこと、いわゆる傾聴は大切です。聴く受け側のことに関心が集まりがちですが、本当は傾聴では、小さな声やほのかな機微も表す発信側の環境を整えることも大切なのだと感じました。

さ。

EMIRPs Today(2019-12-27)#1372-1391 2019年12月配信分

EMIRPs Todayに毎朝おつき合いをいただき、誠にありがとうございます。

年初の配信が1151号でしたから、今年は240本を書いたことになります。感想を寄せていただいたり、異なる目線を教えてもらったり、みなさまの声が励みになります。改めてお礼を申し上げます。

旧知の方にお会いした際にこそこそとする話があります。実は、55歳になった今年、ぼくの人生の中で一番に体調が良いのです。

数年前にアレルギーが治まってきて、運動を、と言っても自転車ばかりなのですが、再開したことは度々触れてきました。アレルギー以外にも、身体のまわりに関してさまざまなことが変わってきたようです。

頭痛に悩まされることは十分の一いや二十分の一程度まで少なくなり、突然、目が腫れたり、肌が真っ赤にかゆくなったり、手足が浮腫むようなことも激減しました。夜中に脚がつることも、食事のあとに胃腸が悲鳴をあげることも、ほとんどなくなりました。

常備薬やティッシュを持たずに出かけられるのは、快挙です。

もちろん、筋力や心肺力は年々減退しているのでしょうし、目も耳も年相応に草臥れてきて老眼鏡のお世話にもなっています。

ただ、体調が良いのです。
健康という二文字では括り切れない、拡がりを感じるのです。

体調のことを気にして二の足を踏んできたことも、身体の具合に引きずられて思考が極端に鈍ってしまいあきらめていたことなども、ああ今ならば取り組むことが出来るなと思うのです。

何の因果か、この歳になって貰えたギフトを大切にしたい。
来年はあれをしてみよう、これをしてみようと楽しみです。

素敵な新年をお迎えください。

さ。

20191202 1372 ながらスマホ
20191203 1373 銀杏の黄葉が続くように
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20191224 1388 デーツの実生
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20191226 1390 年二回目の部分日食
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EMIRPs Today(2019-12-24)#1388 デーツの実生

おはようございます、さいとうです。

このデーツ、美味しいぞ。種を植木鉢に押し込んだのは、半年ほど前のこと。先日、ようやく二枚目の葉っぱが顔をだしました。

デーツは別名なつめやしのこと。そもそも、数年前まで口にしたこともなく、最古のドライフルーツの一つであることも、各地に多くの種類があることも、産地によっても味や干し加減が違うことも知らず、せいぜい、クリスマスの焼き菓子に入っていることもある程度の理解でした。

ある時、従兄弟がお土産にとマジョール・デーツをくれました。親指大のゴロンとした大きさで皺の入った茶褐色の外皮をまとい、ゴム細工のよう。これを食べるのかと思いながら齧ってみると、ねっとりとした触感でした。

干し柿とも、干し芋とも異なる、果実特有の甘みを粘りが包んでいました。ああ、これは面白い。以来、デーツを口にするようになったのでした。

ある日、食べた実が抜群でした。種を洗い、あらためて眺めてみました。デーツの種はあの「柿の種」の形です、本物の柿の種よりよっぽど似ている。まさか乾物の種から芽はでないよなあと思いつつも、土に押し込みました。

数週間で、3つ植えた中の1つから芽が出てきました。しばらく観察をしていると、笹のように筋が通ったニラほどの幅しかない葉がすくすくと伸び、いつの間にか30センチほどの長さになりました。

ところが、待てど暮らせど二枚目の葉が出てきません。実生は難しいのかとあきらめかけたのですが、同じようなことを考える先人もいるはずだと調べてみると、半年ほど経ってから次の葉が出たという例がありました。

それならばと、デーツが好む本来の環境に少しでも近づけてやろうと思い、陽が当たる窓際の特等席に鉢を据えて、水やりは極力控えめにしました。毎朝、今日はどうかな、そろそろだぞと眺めてきたのでした。

12月に入ってクリスマスが近づいて、ようやく次の芽が出てきました。いつか東京でも実をつけてやるぞ、そんな逞しい声が聞こえたようでした。

さ。

※雑感
ドライフードは、奥深いですね。
ドライフルーツも、デーツの他に古くから食べられていたのもとして、レーズン(葡萄)やプルーン、フィグ(無花果)などがあります。最近は、食べやすいように加糖されたものもあるようですが、ぼくの好みは干しただけのもの。太陽と風の恵みを感じるものが好きです。

EMIRPs Today(2019-12-16)#1382 生活の価値観

おはようございます、さいとうです。

外気温計が、3度を示していました。きりりっとするはずですね。冷たい空気も軽やかに感じる師走、2019年もあと半月となりました。

街路樹が鎖状の小さな豆灯で浮かび上がると、ああ年末だと思います。街はクリスマス用だろうかプレゼントを買い求める人たちで溢れかえり、電車の中でも、いくつもの紙袋をぶら下げる乗客が増えてきました。

近くの商店街も、クリスマス・セールをうたう横断幕が架かっていました。12月1日から12月15日まで。あれ、クリスマス・セールなのに15日なの。目を見開いてもう一度、読んでみましたが、乱視のせいではないよう。

きっと、12月の後半は歳末の販促施策に切り替える作戦なのでしょう。繁華街の百貨店や高級店などは、12月25日の夜に一斉に模様替えするのが当たり前になりました。クリスマス装飾を脱ぎ捨て年末年始用へと衣替え。

ところが、郊外の地域に根付く商店街や個人経営の小売店では、腕力勝負では敵わないのですから、クリスマス・セールも少し早めに切り上げて、着替え時間に余裕をもつのでしょう。

24時間営業の見直しや食品の廃棄軽減を計る施策、郵便配達や荷物宅配の負荷緩和など、生活者を取り巻く社会の仕組みが「便利」最優先の時代の幕を閉じようとしている。

日常のあちらこちらで、その兆しが表れてきました。
消費や活動の短期的な「便利」よりも、長く続く「心地良さ」や「豊かさ」を大切にする価値観へと重みづけが変わろうとしているように感じます。

クリスマス・セールが15日に終わっても、生活に不便はないでしょう。2019年の締めくくりは、「生活の価値観」を考えてみようと思います。

さ。