EMIRPs Today(2020-02-25)#1425 奥沢では大蛇が治めた


おはようございます、さいとうです。

週末に散歩の足を延ばして、自由が丘近くの奥澤神社に立ち寄りました。

奥澤神社が地域の守護神として建立されたのは、室町時代のことだそうです。世田谷一帯で勢力を誇っていた吉良氏が、家臣である大平氏が当地に城を築くにあたり八幡神を勧請したのが由来、以前は八幡神社と呼ばれていたそう。

この神社の鳥居には藁で作られた大蛇が絡みついています。自由が丘から続く道筋から社に入ろうとすると、鳥居の上に居座る巨大な蛇が、かあっと見開いた目でお参りに訪れる人々を睨みつけてくる。思わず足が竦みます。

江戸時代の中ごろから「奥澤神社の大蛇お練り神事」にて祀られる大蛇は、厄除けの守護神として崇められ、毎年九月に大蛇が地域を巡り歩いたのちに、一年を護ってきた鳥居の大蛇と役目を交代する形で鎮座する。

もともとは奥沢の村にて疫病が流行した際に、当主が夢で八幡神から藁の大蛇を担いで村を練り歩くよう告げられて、早速、大蛇が作られて巡行したところまもなく疫病が治まったとの言い伝えによると言います。

さて、刻々と罹患状況が変わる新型肺炎の動向が気になる日々です。水際強化だ、マスクの増産だ、収容施設確保だと対処すべきことは数多ある。時は江戸、科学も文明も拙いころに「大蛇が村を練り歩く」ことにより村民の意識や目線を合わせて一致団結して取り組んだ奥澤村に学ぶことも多そう。

今、私たちが担ぐべき「大蛇(だいじゃ)」は何だろうか。

立派な本殿の前に立って、思いを巡らせていました。目の前で冬の日向ぼっこを楽しんでいた茶猫が、おもむろに大あくび。右脚、左脚、しなやかな脚さばきでゆうゆうと横切っていきました。

さ。

※雑感
2月22日の猫の日に、優雅に歩く猫に出会って、ちょっと楽しい。奥沢城の跡地は今は九品仏(浄真寺)となっていますが、八幡神社が奥沢神社となった今も「八幡」という地名は八幡小学校や八幡中学校に残っています。八幡小学校は、奥沢神社の社寮に始まったそう。大蛇が疫病を治めたからこそ、今の奥沢界隈の繁栄があるのだろうなあ。

EMIRPs Today(2020-02-17)#1420 葡萄酒は食べる感じ

おはようございます、さいとうです。

「ワインの始まりは、紀元前6000年ごろ」。
週末に開催されたワインの基礎講座で、講師の指先が欧州の地図上を辿りました。

紀元前6000年と言えば日本では縄文時代の前期と呼ばれる頃で、定住型の生活様式が定着し始め集落の形成が進んだ。縄文早期に造られはじめた撚糸文模様の土器がさらに進化し、漆塗りが発明された時期です。

そのころに葡萄からお酒を造り始めたのは、ジョージアだそう。そこから西へ、ギリシャで葡萄酒文化が花開き、ローマへとわたったと。フランスやイタリア、スペインは今でも良質なワインの生産国の代表格ですが、今や北米、南米、豪州等の欧州文化の影響が強い地域のみならず、日本を始め全大陸で造られている。

葡萄酒が世界に広がった理由は諸説あるようですが、その大切な要素の一つに「葡萄の果実のみで酒を造ることができる」という特性があげられます。実に葡萄さえあれば、水を足したり、蒸留したりする必要はないのですから。

仕事柄、「酒は何を飲まれるのですか」と尋ねられることがしばしばあります。飲む酒の種類を聞かれると、甚だ答えに困るのです。特段、毎日晩酌をするわけでもないですし、何時間も飲み続けたり、瓶を何本も空けたりするほど酒に強いわけでもありません。飲み物としてはコーヒーの方がよほど大量に飲む。

ただ「好む酒」を尋ねられたときは、すぐに「ワイン」が口をつきます。ぼくの勝手な食いしん坊的解釈ですが、ワイン以外のお酒はお茶やコーヒー、ジュースなどと同じように飲み物のカテゴリーのものですが、ワインだけは「食べる」感覚に近くて、食べ物の類にあるのです。ワインを口にすると、その産地の葡萄を食べているような気分になるのですから不思議です。

教室がくすくすと笑いに包まれました、ああ、聞き逃してしまった。
ぼくが妄想している間に、講師の話は先に進んでいたようでした。

さ。

※雑感
今はワインも工業生産的に品質管理も進んでいるので、産地やビンテージではなく、メーカーとブドウ品種が前面に出されて収穫、酒造の年にかかわらず似たような味を提供するものも増えているのも事実ですし、一方で、日本酒も、焼酎も、ウイスキーも、銘柄が育まれた環境や物語を聞くと味わいの深さや風味の背景を感じ入ったりします。それでも、ぼくの中では「ワインは食べる」感じです。

EMIRPs Today(2020-02-10)#1416 暮らしのパン屋

おはようございます、さいとうです。

少し道草、足を延ばして自由が丘を通って帰ろう。奥沢神社の先を右に折れて、住宅街をぷらぷら歩いてみました。

駅前のロータリーに着いてみると、いつもの週末より人手が少ないよう店の外まで行列をつなぐタルト屋さんも、今日は店内に人がちょろちょろ。「週末限定の苺大福はいかがですか」、和菓子屋の声が空を切りました。

自由が丘の商業地を抜けたので、九品仏の裏を回って帰ることにしました。お気に入りのパン屋さんに寄ってみることにしました。

小さな扉をよいしょ、「いらっしゃいませ」はつらつとした声が響きました。店は二人も入るときゅうきゅう、三人目のお客さんは外で立つほどの小ささ。今日はサクサクのパイ生地にカスタードクリームを詰めた甘いパンをもらいました。一緒に、焼き立てバゲット一本を包んでもらいました。隣では、背の高い青年が熱心にパンを選んでいるところでした。

扉の外にはマフラーをぐるぐるに巻いたご婦人が順番を待っていました。寒いところを待たせたようで申し訳なく軽く会釈すると、にっこり笑顔。「こんにちは」、「こんにちは」、背中で元気な挨拶が交わされました。常連さんなのでしょうね。おっと次のお客さんがすでに並んでいました。

この地元のパン屋さんは、いつもと変わりなく来客があるようでした。パンの袋をぶらぶら提げて、猫じゃらし公園の脇の路地を抜けて帰りました。有機野菜の畑を囲むように植えられた白梅と紅梅の並木が、満開でした。

ああ、ゆっくりと回る暮らし風景。これも悪くないものだ。

さ。

※雑感
自由が丘の駅前は、普段の週末なら待ち合わせの若者たちが群れ広がる改札前のあたりも、真っ直ぐに進めるほどでした。駅近くのカフェやレストランが並ぶ繁華街あたりも、すこすこと歩けました。冷え込みがきついからか、コロナの影響なのだろうか。

EMIRPs Today(2020-01-31)#1392-1410 2020年01月配信分

EMIRPs Todayに毎朝おつき合いをいただき、誠にありがとうございます。

新型コロナウイルスの猛威が次々と報じられ、目に見えない脅威を感じます。

30日に、世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)に該当すると宣言しました。渡航・貿易の制限は勧告されませんでしたから、各国の判断に委ねられているということでしょうか。

21世紀に入り、インバウンド強化に大きな舵を切ってきた日本。

近年は、「海外から人がやってくる」ことをいかに円滑、容易にできるようにするかをを画策してきていましたから、水際での対策を強化するといっても、一昔前とは、対応すべき規模がけた違いに大きくなっていますから、皮肉なもの。

日本の歴史の中で、今までに直面したことのない脅威の一つかもしれません。後手にならぬよう、国を挙げて動いてほしいと願うばかりです。

お出かけの際には予防を心掛け、どうかご自愛をくださいませ。

さ。

20200101 号外 ★HP掲載

20200106 1392 知恵と運動の突破力
20200107 1393 松の内
20200108 1394 よく耳を傾ける
20200109 1395 マスクを着けて
20200110 1396 難儀に気づかされて

20200115 1397 デジタル解毒の効用
20200116 1398 商いの温かさ
20200117 1399 最もクルマを造るメーカー
20200118 1400 育む

20200120 1401 喫茶というより聴くサロン
20200121 1402 身じろぎの舞台裏
20200122 1403 カレーの日
20200123 1404 マスクを着けて
20200124 1405 寒い、1月25日あたり

20200127 1406 蝋梅のころ
20200128 1407 常識と真実の土俵際
20200129 1408 だいじょうぶ
20200130 1409 くるまを替える理由
20200131 1410 いっきに空っぽ

EMIRPs Today(2020-01-22)#1403 カレーの日


おはようございます、さいとうです。

そうだ、カレーを食べよう。
半年に一回か二回、そんな気分になる日がある。

子供の頃から辛い食べ物が得意ではない上に、カレーだとついついスプーンいっぱい頬張ってしまうために食べた後で口の周りが辛くなってしまうのも、正直、あまり好みではない。そのせいか、そう頻繁に食べたいとは思わない。

それでもふいにカレーの独特の風味が脳の中で湧き上がってくることがある。あの刺激的な味や香りが目覚まし時計のスヌーズのように脳内で繰り返され、止めても止めてもカレーを口にするまで延々と続くのだ。

最初はキーマカレーが良いとか、ほうれん草がたっぷり入った緑色のカレーをナンにつけようかとか、インド料理よりのカレーの類が思い浮かぶのだが、だんだんとカレー波の打ち寄せ間隔が短くなってくると、揚げたてカツが載ったカレーや蕎麦屋の丼に装ったカレー等、次第に和へと近づいてくるのだ。

そして、行きつく先は、丸い平皿に湯気の上がる白米が緩やかな丘を造り、そこに、どろどろとしゃぶしゃぶの中間くらいの加減にカレーにジャガイモ、人参がごろりと見え隠れしている、あのカレールウの包装箱の写真にあるような、典型的な日本のカレーライスが目から離れなくなってくる。

そうなるともう「カレーを食べよう」から「カレーを食べろ」へと書き換えられて、執着心と使命感が混然一体となるから始末が悪い。トム・クルーズばりにひたすら完遂するまでカレーを追いかけることになる。

さて、今日は「カレーの日」だそうだ。
前回のミッションから数えると、ぼくの「カレーの日」もそろそろだ。

さ。

※雑感
日本缶詰びん詰レトルト食品協会によると、日本のレトルト食品の生産量は近年じわじわと増えており、2018年ベースで年間約38万トン、5600万箱が生産されました。カレーは他の食品を抑えて圧倒的1位の規模、重量構成比で約40%を占めているそう。箱数でみるとカレーの年間国内生産は2430万箱。さば缶が540万缶ですからいかに多くのレトルトカレーが生産されているかがわかります。やっぱり、カレーは国民食なのでしょうかね。

EMIRPs Today(2020-01-17)#1400 育む


おはようございます、さいとうです。

よく観察すると、胡蝶蘭に次の花芽が顔を覗かせました。数えてみると五つ。これから軸が伸びていくので、四月ごろには花が見られそうです。

このところ、事務所にある鉢も、居間にある木々も、グリーンが元気です。胡蝶蘭は夏過ぎに咲き終えてから樹形を整えてあったのですが、年末頃に、赤ちゃん芽が見えてきて、そろりそろりと数センチまで伸びてきました。

一昨年に株分けしたオーガスタも勢いが良い。20センチほどの樹高の時に、独立させて小さい鉢に移しました。その後、半年に一葉ずつの歩幅は安定し、そのたびに葉長が三割増すので、そろそろ樹高が60センチを超えました。

親株は4メートルをも超えて天井に着くほど、その遺伝子を受け継ぐよう。オーガスタ2号は食卓に似合う仕立てに育てたいのですが、鉢の径を抑えておけば良いのだろうか。ぼくの手入れ技術はまだまだ未熟なようです。

そう、例のドライフルーツの種から芽を出したナツメヤシも、一葉目から半年空けて生まれた二枚目の葉も順調に育ってきました。まさか実がなることを願ってはいませんが、腰高のナツメヤシを眺望しながら水をやっています。

植物はたくましいと思うのです。環境を整えてあげると着実に成長します。声を上げて泣き騒ぐわけでも、とことこ動き回るわけでもありませんが、ゆっくりと新しい芽や葉をだしたり、花を咲かせたり、はたまた住居が窮屈になると脇から子株を生み出したりと、確実に成長を遂げようとします。

室内でともに過ごすことができる観葉植物くらいがぼくには相性が良いよう。水をやり枝葉に手を入れてあげながら、将来の姿を思い描いて語りかけます。ああ企業や事業を育てることと似ている面も多い。日々、教わるばかりです。

さて、今朝は目が覚めてぶるっとしました、週末に向けて冷え込むよう。少し、暖かい恰好で出かけることにしようと思う。

さ。

※雑感
植物たちも、永いものになると、もう十数年もともに過ごしたものもあります。ときに、葉の色を変えてしんどそうなこともあれば、一斉に葉を落としてしまうようなこともあり、そのたびに環境を整えてあげます。
それでも、胡蝶蘭のように何年にもわたり何度も花を咲かせてくれたり、赤子の肌のようなきめ細かい薄い新葉を見せてくれると、家族のように思うのです。

EMIRPs Today(2020-01-14)#1397 デジタル解毒の効用

おはようございます、さいとうです。

この一年ほど、休日にはスマホを書斎に置いておくことが増えました。積極的に、デジタル・デトックスに取り組むようにしています。

なにもオンライン・ゲームに浸かっているわけでも、SNSなどに依存しているわけでもないのですが、仕事でも暮らしでもPCやスマホ、ネットの情報を使うことが多く、ついつい自分の軸が傾いでいるように感じたからでした。

テレビを習慣的に見なくなって久しく、それで日常に支障はありませんから、きっと、デジタル機器を遠ざけても問題ないだろうとの考えです。

よし、スマホを見るのを控えようと決めたときは、出かける際にも財布しかもたずに、読書もキンドルではなく単行本を手に取るようにしました。

雑踏の話し声も、自動車の走行音も、よく届いてきます。さらに耳を澄ますと風に揺れる庭木の葉音や鳥の鳴き声、散歩中の犬の足音も聞こえてきました。

意外な効用は、ゆっくりと食べようとする意識が高まったことでしょう。子供の頃から早食い、母から常に「良く噛んで食べなさい」と言われました。「カレーは飲み物」なんて耳にすると仲間を見つけたようでにんまりするほど。

ところが、目で追うデジタル情報量が減じてくると聴力が冴えてくると同時に味覚や嗅覚もにわかに敏感になり、また、時を刻む体内時計も少しゆったりと進んでいるように感じてきました。感覚や感性は密接につながているという
ことなのでしょう。

普段、いかに「せっかち」にデジタルを貪ってしまっているかがわかります。社会に組み込まれたデジタルの仕掛けは、生活を一層便利にしてくれます。ただ、デジタル・エピュキュリズムには溺れないようにしようと思うのです。

さ。

※雑感
高校生の頃から、常にPCに触れ続けてきました。ところが根はアナログ好き。未だに手帳を使って予定を留めるし、もやもや、ふつふつと考えの糸口が見え隠れする時には、絵や図にしてみたり文字にすることにする。
そこで手の怪我で困ったことが一つあり、筆記具がうまく使えないことです。皮肉なことに、このコラムもデジタル・デバイスならば執筆できるのです。デジタル機器を使いながら、デジタル・デトックスができないだろうか。

EMIRPs Today(2020-01-08)#1394 よく耳を傾ける

おはようございます、さいとうです。

ああ、こんなにいい音を聞かせてくれるんだ。
しばらく、書斎机の飾りになってしまっていたスピーカーを再稼働させたのです。

ちょこんと置いてあるのは、高さが30センチにも満たない小型スピーカーです。いわゆる、ブックシェルフ型の中でも小さい類のもの。もう10年近くも前に、お気に入りのシルエットのそれを手に入れることができました。

本格的にオーディオを楽しんでいる向きからすると箸にも棒にもかからないであろう中等品ですが、PCで動画を観たり、調べ物をしたりするときにネットラジオを流して聞く分には十分だと思い、年代物アンプとつないでありました。

ところが、心地よい音が出ないままに、もう何年もブックエンドになってしまっていました。そこで休みに点検してみたのでした。どうやら具合が悪いのはアンプの方だとわかり、入れ替えてあげました。

音を流すとこれまで何年も眠っていたことが嘘のように朗々と響きました。そうなるともう少し手を入れてあげたくなります。ケーブルの電線部分を剥き直し、接続プラグの汚れを清掃して、台座もしっかりと調整してあげました。

よし、これで良いだろう。ふたたび、音楽を聴いてみます。amazon primeの映画を観ました。拾えていなかった喧噪が聞こえました。ダイアナ・クラールを聴いてみました。ふわっと息がかかりそうでした。ラフマニノフの2番ではどうだ。辻井ピアノの鍵盤がとても楽しそう。

はっとしました。

対話やコミュニケーションでは良く聴くこと、いわゆる傾聴は大切です。聴く受け側のことに関心が集まりがちですが、本当は傾聴では、小さな声やほのかな機微も表す発信側の環境を整えることも大切なのだと感じました。

さ。

EMIRPs Today(2020-01-01)号外

あけましておめでとうございます

ん、あ、こんな食があるのか。友人が連れて行ってくれたお店の看板料理は、言葉では表せない感覚景色を見せてくれた。

ありがたいことに五十も半ばを数えた今でも、味や香りに関する好奇心は日々高まる一方だ。素材の個性や調理人のお見立てと戯れて、頬を緩めることが楽しい。

小さい頃から好みは肉をがっつくよりも野菜を食むことだ。誕生日近くに食べたいものを尋ねられても「漬物が良い」と返す可愛げのなさには、母もさぞ拍子抜けしたことだろう。

本を持つ手が遠くなったり、蚊の羽音が聞こえにくくなったりするように、ほんとうは味覚や嗅覚も次第に鈍くなってきているはずなのだが、初めての味や香り、その組み合わせの妙に出会うと、ときめきが全身を駆け抜けて上機嫌になるのだ。

まったく、なんと食い意地のはった男になったことだろう。せめて、体験や記憶の小さな欠片が幾層にも重なりあってこそ感じることのできる、そんな調べもあるのだと信じたい。

2020.1.1 さいとうかん

EMIRPs Today(2019-12-27)#1372-1391 2019年12月配信分

EMIRPs Todayに毎朝おつき合いをいただき、誠にありがとうございます。

年初の配信が1151号でしたから、今年は240本を書いたことになります。感想を寄せていただいたり、異なる目線を教えてもらったり、みなさまの声が励みになります。改めてお礼を申し上げます。

旧知の方にお会いした際にこそこそとする話があります。実は、55歳になった今年、ぼくの人生の中で一番に体調が良いのです。

数年前にアレルギーが治まってきて、運動を、と言っても自転車ばかりなのですが、再開したことは度々触れてきました。アレルギー以外にも、身体のまわりに関してさまざまなことが変わってきたようです。

頭痛に悩まされることは十分の一いや二十分の一程度まで少なくなり、突然、目が腫れたり、肌が真っ赤にかゆくなったり、手足が浮腫むようなことも激減しました。夜中に脚がつることも、食事のあとに胃腸が悲鳴をあげることも、ほとんどなくなりました。

常備薬やティッシュを持たずに出かけられるのは、快挙です。

もちろん、筋力や心肺力は年々減退しているのでしょうし、目も耳も年相応に草臥れてきて老眼鏡のお世話にもなっています。

ただ、体調が良いのです。
健康という二文字では括り切れない、拡がりを感じるのです。

体調のことを気にして二の足を踏んできたことも、身体の具合に引きずられて思考が極端に鈍ってしまいあきらめていたことなども、ああ今ならば取り組むことが出来るなと思うのです。

何の因果か、この歳になって貰えたギフトを大切にしたい。
来年はあれをしてみよう、これをしてみようと楽しみです。

素敵な新年をお迎えください。

さ。

20191202 1372 ながらスマホ
20191203 1373 銀杏の黄葉が続くように
20191204 1374 うやむやにもやもや
20191205 1375 柿を突く、個人情報を突く
20191206 1376 黒か、赤か

20191209 1377 カリン酒
20191210 1378 学校の服で教わるもの
20191211 1379 子供世代の偏より
20191212 1380 イチニイチニで円滑に
20191213 1381 洋楽も私らしく

20191216 1382 生活の価値観
20191217 1383 常識の空模様
20191218 1384 言わなくても中央駅
20191219 1385 聖火リレーが気になる
20191220 1386 デジタル・ニューディール

20191223 1387 IRはどんな文化を生むのか
20191224 1388 デーツの実生
20191225 1389 浄水器もきれいに
20191226 1390 年二回目の部分日食
20191227 1391 同じならば歩いてみる

EMIRPs Today(2019-12-24)#1388 デーツの実生

おはようございます、さいとうです。

このデーツ、美味しいぞ。種を植木鉢に押し込んだのは、半年ほど前のこと。先日、ようやく二枚目の葉っぱが顔をだしました。

デーツは別名なつめやしのこと。そもそも、数年前まで口にしたこともなく、最古のドライフルーツの一つであることも、各地に多くの種類があることも、産地によっても味や干し加減が違うことも知らず、せいぜい、クリスマスの焼き菓子に入っていることもある程度の理解でした。

ある時、従兄弟がお土産にとマジョール・デーツをくれました。親指大のゴロンとした大きさで皺の入った茶褐色の外皮をまとい、ゴム細工のよう。これを食べるのかと思いながら齧ってみると、ねっとりとした触感でした。

干し柿とも、干し芋とも異なる、果実特有の甘みを粘りが包んでいました。ああ、これは面白い。以来、デーツを口にするようになったのでした。

ある日、食べた実が抜群でした。種を洗い、あらためて眺めてみました。デーツの種はあの「柿の種」の形です、本物の柿の種よりよっぽど似ている。まさか乾物の種から芽はでないよなあと思いつつも、土に押し込みました。

数週間で、3つ植えた中の1つから芽が出てきました。しばらく観察をしていると、笹のように筋が通ったニラほどの幅しかない葉がすくすくと伸び、いつの間にか30センチほどの長さになりました。

ところが、待てど暮らせど二枚目の葉が出てきません。実生は難しいのかとあきらめかけたのですが、同じようなことを考える先人もいるはずだと調べてみると、半年ほど経ってから次の葉が出たという例がありました。

それならばと、デーツが好む本来の環境に少しでも近づけてやろうと思い、陽が当たる窓際の特等席に鉢を据えて、水やりは極力控えめにしました。毎朝、今日はどうかな、そろそろだぞと眺めてきたのでした。

12月に入ってクリスマスが近づいて、ようやく次の芽が出てきました。いつか東京でも実をつけてやるぞ、そんな逞しい声が聞こえたようでした。

さ。

※雑感
ドライフードは、奥深いですね。
ドライフルーツも、デーツの他に古くから食べられていたのもとして、レーズン(葡萄)やプルーン、フィグ(無花果)などがあります。最近は、食べやすいように加糖されたものもあるようですが、ぼくの好みは干しただけのもの。太陽と風の恵みを感じるものが好きです。

EMIRPs Today(2019-12-16)#1382 生活の価値観

おはようございます、さいとうです。

外気温計が、3度を示していました。きりりっとするはずですね。冷たい空気も軽やかに感じる師走、2019年もあと半月となりました。

街路樹が鎖状の小さな豆灯で浮かび上がると、ああ年末だと思います。街はクリスマス用だろうかプレゼントを買い求める人たちで溢れかえり、電車の中でも、いくつもの紙袋をぶら下げる乗客が増えてきました。

近くの商店街も、クリスマス・セールをうたう横断幕が架かっていました。12月1日から12月15日まで。あれ、クリスマス・セールなのに15日なの。目を見開いてもう一度、読んでみましたが、乱視のせいではないよう。

きっと、12月の後半は歳末の販促施策に切り替える作戦なのでしょう。繁華街の百貨店や高級店などは、12月25日の夜に一斉に模様替えするのが当たり前になりました。クリスマス装飾を脱ぎ捨て年末年始用へと衣替え。

ところが、郊外の地域に根付く商店街や個人経営の小売店では、腕力勝負では敵わないのですから、クリスマス・セールも少し早めに切り上げて、着替え時間に余裕をもつのでしょう。

24時間営業の見直しや食品の廃棄軽減を計る施策、郵便配達や荷物宅配の負荷緩和など、生活者を取り巻く社会の仕組みが「便利」最優先の時代の幕を閉じようとしている。

日常のあちらこちらで、その兆しが表れてきました。
消費や活動の短期的な「便利」よりも、長く続く「心地良さ」や「豊かさ」を大切にする価値観へと重みづけが変わろうとしているように感じます。

クリスマス・セールが15日に終わっても、生活に不便はないでしょう。2019年の締めくくりは、「生活の価値観」を考えてみようと思います。

さ。

EMIRPs Today(2019-11-29)#1352-1371 2019年11月配信分

EMIRPs Todayに毎朝おつき合いをいただき、誠にありがとうございます。

ボンソワール、マダム、慣れないフランス語でご挨拶。
ボンソワール、ムッシュ、笑顔とともに返してももらいました。

11月は、新しいワインとの出会いに恵まれました。秘蔵のドイツワインには舞い上がった余韻がまだ冷めやらぬ頃、今度は南フランスの銘醸シャトーの晩餐会に顔を出す機会がありました。

会には、シャトーのマダムが駆けつけて参加されていました。ラングドック地方に400年続く名家が、ワインを造り続けているそう。何しろ、ベルサイユ宮殿と同じ建築家が手がけたというシャトーは、フランスでも有数のお城の一つと聞きます。

白、白、赤、赤。
順番に供されるワインは、いずれも葡萄や風土を感じる豊かさで、飲み進むにつれ次第に葡萄畑の中を散歩しているかのような気分に包まれてきました。

圧巻は、五大シャトーで醸造担当を手掛けた名手が造ったワイン。もう周りのテーブルや隣の人などまったく見えません。ぼくはラングドック地方に居ました。

この企画を仕掛けたのは、ワイン界ではよく知られた女性社長Yさん。マダムと彼女の長年の信頼と友情により生まれた、最高の夜でした。
ありがとうございました。

さ。

20191101 1352 棒に当たる日

20191105 1353 「オビシャ」って何
20191106 1354 画像と写真
20191107 1355 35年前からドイツワイン
20191108 1356 東京ナイトクルーズ

20191111 1357 悠々と奏でるサロン
20191112 1358 洋装が定まった日
20191113 1359 あれは蚊か、衛星か
20191114 1360 MICEの期待効果
20191115 1361 河岸と神様

20191118 1362 肉の物語
20191119 1363 さらばがくすぐったい
20191120 1364 葡萄酒の魔法
20191121 1365 行くと帰る
20191122 1366 小雪の楽しみ

20191125 1367 音が伝えるもの
20191126 1368 ティファニーもついに
20191127 1369 少し高く少し広い舞台
20191128 1370 神楽坂でマス目
20191129 1371 ルートヴィヒ