EMIRPs Today(2020-01-01)号外

あけましておめでとうございます

ん、あ、こんな食があるのか。友人が連れて行ってくれたお店の看板料理は、言葉では表せない感覚景色を見せてくれた。

ありがたいことに五十も半ばを数えた今でも、味や香りに関する好奇心は日々高まる一方だ。素材の個性や調理人のお見立てと戯れて、頬を緩めることが楽しい。

小さい頃から好みは肉をがっつくよりも野菜を食むことだ。誕生日近くに食べたいものを尋ねられても「漬物が良い」と返す可愛げのなさには、母もさぞ拍子抜けしたことだろう。

本を持つ手が遠くなったり、蚊の羽音が聞こえにくくなったりするように、ほんとうは味覚や嗅覚も次第に鈍くなってきているはずなのだが、初めての味や香り、その組み合わせの妙に出会うと、ときめきが全身を駆け抜けて上機嫌になるのだ。

まったく、なんと食い意地のはった男になったことだろう。せめて、体験や記憶の小さな欠片が幾層にも重なりあってこそ感じることのできる、そんな調べもあるのだと信じたい。

2020.1.1 さいとうかん

EMIRPs Today(2019-12-27)#1372-1391 2019年12月配信分

EMIRPs Todayに毎朝おつき合いをいただき、誠にありがとうございます。

年初の配信が1151号でしたから、今年は240本を書いたことになります。感想を寄せていただいたり、異なる目線を教えてもらったり、みなさまの声が励みになります。改めてお礼を申し上げます。

旧知の方にお会いした際にこそこそとする話があります。実は、55歳になった今年、ぼくの人生の中で一番に体調が良いのです。

数年前にアレルギーが治まってきて、運動を、と言っても自転車ばかりなのですが、再開したことは度々触れてきました。アレルギー以外にも、身体のまわりに関してさまざまなことが変わってきたようです。

頭痛に悩まされることは十分の一いや二十分の一程度まで少なくなり、突然、目が腫れたり、肌が真っ赤にかゆくなったり、手足が浮腫むようなことも激減しました。夜中に脚がつることも、食事のあとに胃腸が悲鳴をあげることも、ほとんどなくなりました。

常備薬やティッシュを持たずに出かけられるのは、快挙です。

もちろん、筋力や心肺力は年々減退しているのでしょうし、目も耳も年相応に草臥れてきて老眼鏡のお世話にもなっています。

ただ、体調が良いのです。
健康という二文字では括り切れない、拡がりを感じるのです。

体調のことを気にして二の足を踏んできたことも、身体の具合に引きずられて思考が極端に鈍ってしまいあきらめていたことなども、ああ今ならば取り組むことが出来るなと思うのです。

何の因果か、この歳になって貰えたギフトを大切にしたい。
来年はあれをしてみよう、これをしてみようと楽しみです。

素敵な新年をお迎えください。

さ。

20191202 1372 ながらスマホ
20191203 1373 銀杏の黄葉が続くように
20191204 1374 うやむやにもやもや
20191205 1375 柿を突く、個人情報を突く
20191206 1376 黒か、赤か

20191209 1377 カリン酒
20191210 1378 学校の服で教わるもの
20191211 1379 子供世代の偏より
20191212 1380 イチニイチニで円滑に
20191213 1381 洋楽も私らしく

20191216 1382 生活の価値観
20191217 1383 常識の空模様
20191218 1384 言わなくても中央駅
20191219 1385 聖火リレーが気になる
20191220 1386 デジタル・ニューディール

20191223 1387 IRはどんな文化を生むのか
20191224 1388 デーツの実生
20191225 1389 浄水器もきれいに
20191226 1390 年二回目の部分日食
20191227 1391 同じならば歩いてみる

EMIRPs Today(2019-12-24)#1388 デーツの実生

おはようございます、さいとうです。

このデーツ、美味しいぞ。種を植木鉢に押し込んだのは、半年ほど前のこと。先日、ようやく二枚目の葉っぱが顔をだしました。

デーツは別名なつめやしのこと。そもそも、数年前まで口にしたこともなく、最古のドライフルーツの一つであることも、各地に多くの種類があることも、産地によっても味や干し加減が違うことも知らず、せいぜい、クリスマスの焼き菓子に入っていることもある程度の理解でした。

ある時、従兄弟がお土産にとマジョール・デーツをくれました。親指大のゴロンとした大きさで皺の入った茶褐色の外皮をまとい、ゴム細工のよう。これを食べるのかと思いながら齧ってみると、ねっとりとした触感でした。

干し柿とも、干し芋とも異なる、果実特有の甘みを粘りが包んでいました。ああ、これは面白い。以来、デーツを口にするようになったのでした。

ある日、食べた実が抜群でした。種を洗い、あらためて眺めてみました。デーツの種はあの「柿の種」の形です、本物の柿の種よりよっぽど似ている。まさか乾物の種から芽はでないよなあと思いつつも、土に押し込みました。

数週間で、3つ植えた中の1つから芽が出てきました。しばらく観察をしていると、笹のように筋が通ったニラほどの幅しかない葉がすくすくと伸び、いつの間にか30センチほどの長さになりました。

ところが、待てど暮らせど二枚目の葉が出てきません。実生は難しいのかとあきらめかけたのですが、同じようなことを考える先人もいるはずだと調べてみると、半年ほど経ってから次の葉が出たという例がありました。

それならばと、デーツが好む本来の環境に少しでも近づけてやろうと思い、陽が当たる窓際の特等席に鉢を据えて、水やりは極力控えめにしました。毎朝、今日はどうかな、そろそろだぞと眺めてきたのでした。

12月に入ってクリスマスが近づいて、ようやく次の芽が出てきました。いつか東京でも実をつけてやるぞ、そんな逞しい声が聞こえたようでした。

さ。

※雑感
ドライフードは、奥深いですね。
ドライフルーツも、デーツの他に古くから食べられていたのもとして、レーズン(葡萄)やプルーン、フィグ(無花果)などがあります。最近は、食べやすいように加糖されたものもあるようですが、ぼくの好みは干しただけのもの。太陽と風の恵みを感じるものが好きです。

EMIRPs Today(2019-12-16)#1382 生活の価値観

おはようございます、さいとうです。

外気温計が、3度を示していました。きりりっとするはずですね。冷たい空気も軽やかに感じる師走、2019年もあと半月となりました。

街路樹が鎖状の小さな豆灯で浮かび上がると、ああ年末だと思います。街はクリスマス用だろうかプレゼントを買い求める人たちで溢れかえり、電車の中でも、いくつもの紙袋をぶら下げる乗客が増えてきました。

近くの商店街も、クリスマス・セールをうたう横断幕が架かっていました。12月1日から12月15日まで。あれ、クリスマス・セールなのに15日なの。目を見開いてもう一度、読んでみましたが、乱視のせいではないよう。

きっと、12月の後半は歳末の販促施策に切り替える作戦なのでしょう。繁華街の百貨店や高級店などは、12月25日の夜に一斉に模様替えするのが当たり前になりました。クリスマス装飾を脱ぎ捨て年末年始用へと衣替え。

ところが、郊外の地域に根付く商店街や個人経営の小売店では、腕力勝負では敵わないのですから、クリスマス・セールも少し早めに切り上げて、着替え時間に余裕をもつのでしょう。

24時間営業の見直しや食品の廃棄軽減を計る施策、郵便配達や荷物宅配の負荷緩和など、生活者を取り巻く社会の仕組みが「便利」最優先の時代の幕を閉じようとしている。

日常のあちらこちらで、その兆しが表れてきました。
消費や活動の短期的な「便利」よりも、長く続く「心地良さ」や「豊かさ」を大切にする価値観へと重みづけが変わろうとしているように感じます。

クリスマス・セールが15日に終わっても、生活に不便はないでしょう。2019年の締めくくりは、「生活の価値観」を考えてみようと思います。

さ。

EMIRPs Today(2019-11-29)#1352-1371 2019年11月配信分

EMIRPs Todayに毎朝おつき合いをいただき、誠にありがとうございます。

ボンソワール、マダム、慣れないフランス語でご挨拶。
ボンソワール、ムッシュ、笑顔とともに返してももらいました。

11月は、新しいワインとの出会いに恵まれました。秘蔵のドイツワインには舞い上がった余韻がまだ冷めやらぬ頃、今度は南フランスの銘醸シャトーの晩餐会に顔を出す機会がありました。

会には、シャトーのマダムが駆けつけて参加されていました。ラングドック地方に400年続く名家が、ワインを造り続けているそう。何しろ、ベルサイユ宮殿と同じ建築家が手がけたというシャトーは、フランスでも有数のお城の一つと聞きます。

白、白、赤、赤。
順番に供されるワインは、いずれも葡萄や風土を感じる豊かさで、飲み進むにつれ次第に葡萄畑の中を散歩しているかのような気分に包まれてきました。

圧巻は、五大シャトーで醸造担当を手掛けた名手が造ったワイン。もう周りのテーブルや隣の人などまったく見えません。ぼくはラングドック地方に居ました。

この企画を仕掛けたのは、ワイン界ではよく知られた女性社長Yさん。マダムと彼女の長年の信頼と友情により生まれた、最高の夜でした。
ありがとうございました。

さ。

20191101 1352 棒に当たる日

20191105 1353 「オビシャ」って何
20191106 1354 画像と写真
20191107 1355 35年前からドイツワイン
20191108 1356 東京ナイトクルーズ

20191111 1357 悠々と奏でるサロン
20191112 1358 洋装が定まった日
20191113 1359 あれは蚊か、衛星か
20191114 1360 MICEの期待効果
20191115 1361 河岸と神様

20191118 1362 肉の物語
20191119 1363 さらばがくすぐったい
20191120 1364 葡萄酒の魔法
20191121 1365 行くと帰る
20191122 1366 小雪の楽しみ

20191125 1367 音が伝えるもの
20191126 1368 ティファニーもついに
20191127 1369 少し高く少し広い舞台
20191128 1370 神楽坂でマス目
20191129 1371 ルートヴィヒ

EMIRPs Today(2019-11-27)#1369 少し高く少し広い舞台

おはようございます、さいとうです。

京都ってこんな広いんだっけ、思わず息がもれました。
清水の舞台より大きい展望台からは、京の盆地が両手一杯に拡がりました。

一市民でも、眺望を俯瞰するその瞬間は見渡す限りを独り占めできますから、まるで天下を取ったかのように気分が上がるから不思議なものです。それ故、各地にある展望台は観光の目玉として人気が続くのでしょう。

何年か前に、京都東山にある将軍塚に大きな展望舞台が出来たと聞きました。頂上の駐車場近くには展望台があり、京都観光地の一望も、碁盤の目の夜景もできる人気の場所。そこにさらに展望台と聞き、おやなぜと思っていました。

少し時間があったので立寄ってみることにしました。かつて良く通っていた走り慣れたくねくね道を運転し数分で頂上に到着しました。頂上駐車場の右手の奥、青蓮院が建立した青龍殿にその舞台は造らていました。

青龍殿は、北野天満宮前にあった百年前の建物を移築されたものだそう。拝観料を払い建物の横から表に回り込むと木造の舞台が広がっていました。

右手には比叡山がそびえ、その手前には送り火の大文字が、その左横には、下鴨神社の糺の森(ただすのもり)、正面には京都御所の木々が隆々と繁り、そこから南側に河原町の繁華街や京都タワー、京都駅が見えました。

かの「清水の舞台(きよみずのぶたい)」と比較すると次のよう。標高は、清水の舞台が120メートルほどに対して将軍塚は216メートルの高さ、舞台の面積は、清水の舞台が190平米に対して将軍塚は1,046平米で5倍近くあります。

清水の舞台からは、直線距離にすると1キロも離れていない、この舞台。
少し高く、少し広い舞台で、圧倒的に「天下を取った」気分になれました。

さ。

※雑感
将軍塚は、京都に平安京が遷都された時に、将軍の像を造営したことに由来するそうですから1200年超も続く場。京都の栄華や動乱をずっと見下ろしていた場だと思うと、感慨深いものがありました。
自分が大舞台から観ているのは、その歴史のほんの一瞬ですから。

EMIRPs Today(2019-11-18)#1362 肉の物語

おはようございます、さいとうです。

それでは、お肉をお持ちいたします。店員が奥に引っ込んでいきました。彼は、まだ一晩でも二晩でも寝なくてもへっちゃらな年頃なんろうなあ。

近江地方で美味しいお肉を提供されるお店があると以前から耳にしていました。全国各地の肉料理にこだわるシェフが、その精肉店から仕入れているそう。関西に所用があったので、少し足を伸ばして立寄ってみることにしました。

琵琶湖は地図でみると日本最大の湖なのだとよくわかりますが、実際に訪れてみると建物がない湖面をどこまで空が覆っていることに一層驚きます。

琵琶湖を背にして緩斜面を上る坂の途中に、平屋建てのお店がありました。どうやら、左手にある大きな木の扉がレストランのようです。「本日は予約で満席です」と案内が掲げられていました。

開業時間に予約をいれておいたのですが、席に案内された直後から続くお客で早々にすべて席が埋まり、予約がない客は踵を返すことになりました。街中でもなく郊外の駅からも距離のある立地でのこと、よほど人気があるのでしょう。

さて、彼がワゴンを押して戻ってきました。上段にはラグビーボールほどもありそうな塊がゴロっと3つ載り、下段にはタンと骨付きの豚肉がありました。「こちらのランプは近江牛のランプです、こちらが近江牛のサーロイン、この右手のものは熟成させたものです」、彼が話し始めました。

それぞれについて産地や部位だけでなく、育てられた背景や状態、特徴から食し方に至るまで肉の物語を丁寧に教えてくれました。まるで初日を迎えた舞台の挨拶を聞いているようでした。

ゆったりとした時間の中で、風土が育てる食を愛でているのだなあ。
肉の輝きが増したように感じました。

さ。

EMIRPs Today(2019-11-11)#1357 悠々と奏でるサロン

おはようございます、さいとうです。

これはどう、旧知の方からお誘いいただいたのはクラシックのコンサート。仕事の段取りに手間取ってしまい、行きたいとお伝え出来たのが直前でした。

案内に記された住所は、自宅から歩いてもほんの数分のところのようでした。何度も通ったことがあるのですが演奏を聴くような場所は思い当たりません。

住宅街の路地にひっそりと会場がありました、並ぶ民家のひとつでした。小さい前庭を抜けると、そこにはグランド・ピアノが並ぶ部屋がありました。十数席の小さなサロン、先客は既にワインを飲みながら談笑されていました。

今夕の演奏会は、チェロとピアノのアンサンブルです。国内外で活躍されているドレス姿のお二人が、するりと入室されてきました。幾度目の方も聴きに来られているよう、親しみの笑みで迎えられていました。

歓迎の挨拶ののち、サロン会の目論見や予定する演目がご紹介されました。作曲家のあらましに続いて、曲が作られたときの作者の人生や交友関係、その頃の時代背景等を分かりやすく解き明かしていただきました。サロン部屋がまるっとその創作された時代にタイムトラベルに旅するようでした。

さて、サロン号は当時のどこかに着いたよう、最初の曲が始まりました。衣擦れも聴こえるほどの目と鼻の先で、二人の演奏が絡みました。チェロの弦の調べにのって、ピアノが作曲家の想いを語っているようでした。

ああ、室内楽は元来このように楽しみ育まれてきた文化なのだろうな。
遠い時代の異国の地に、想いを馳せた夜でした。

さ。

EMIRPs Today(2019-11-08)#1356 東京ナイトクルーズ

おはようございます、さいとうです。

今日は、立冬。
空が高くいっぱいに澄み渡る朝が、日に日に増えてきました。

冬が近づく東京湾を、小型プレジャーボートに乗ってナイトクルーズしよう。小型船舶の免許を持っているわけではないので、操船はおまかせです。「私が本日の運転手を務めます」、鯔背なあいさつに気分があがりました。

都心近くにマリーナはいつくもありますが、東京都心から最も近いものは、勝どきでしょう。大江戸線の駅からも歩いていけるマリーナは、中高層のマンションが立ち並ぶ住宅街の一画にありました。

道路側から前を通っただけでは町のカフェかなと思うような店構えですが、コーヒー客を横目にカウンター沿いを奥に進むと、運河が現れました。

風速が11メートルあったが今は治まったこと、風は南から吹いているので湾口に向かう往路は少し揺れる見込みだが、帰路は追い風になるので快適であろうことを教えてもらいました。風速11メートルですから、時速に換算すると約40キロということ、原付バイクを追い越す風だ。

大手町界隈を車で通ると高層ビルが両側に迫り来ていわゆる都会を感じますが東京湾に抜けるまでの運河では、ビル群の攻撃的なギラギラ白明りではなく暖かい黄色が灯されたマンションの居間が積み並んでいました。もう、団欒が始まる時刻だろうか、運河特有の穏やかな水面をつるつると進みました。

解体の進む築地を越えると、360度のどちらの方角にも視界が広がりました。あれは日本橋のあたりか、こっちは汐留、新橋、東京タワーも見えている。レインボーブリッジが夜空に滑走路を描き、お台場が宇宙船のように浮かぶ。

水面からほんの数十センチのところに据える低い目線は、小型艇の独壇場。夜の海が視界の手前にあるものをすべて漆黒に塗りつぶしてくれているので、都会の煌めきをより一層、際立たせるのかもしれない。

ああ、海から眺望する東京の夜景はなんて美しいのだろう。

「来月は、あの辺りで花火を観られます」。
そうなのか、夜景と花火を一緒に楽しめるなんて。
大気が澄み渡る季節の東京ナイトクルーズ。魅力は計り知れません。

さ。

EMIRPs Today(2019-11-07)#1355 35年前からドイツワイン

おはようございます、さいとうです。

「朝から、14本のワインを開けてデキャンタしました」。
35年にわたりドイツ・ワインに特化した輸入を手掛けている当主の挨拶でした。

子供の頃、お土産でいただいた変わったガラス瓶のお酒がありました。前から見るとぷっくりと丸いのに、前後に平たい不思議な形をしていました。「ドイツのお酒だそう」と母から教えてもらいました。下戸の彼女にとり、洋酒はウイスキーも、ブランデーも、ワインでもお酒だったのでしょう。

それが葡萄酒でドイツの南の方で造られたものだと知ったのは、随分と経ってからだったように思います。同じころに子供用にといただいたお土産は、筆箱に入る小さな鉛筆削りで、丁寧に包装された替え刃が数枚ついていました。ミュンヘン・オリンピックの話をしたので、1972年前後かもしれません。

大人になってワインを飲むようになってからも、ドイツ産のワインを口にする機会は少なく、ちょっと壁がありました。細長いボトルに詰められたリースリングは葡萄の香りが好みですが、レストランにもあまり見かけませんでした。

ある時、当主が見立てたドイツワインを飲ませてもらいました。和食とドイツワインはよく合うのですと事前に当主からお聞きしていました。一皿一皿、料理とともに供される白も、赤も、絶妙のマリアージュでした。すごいなあ。ドイツワインに対する壁が崩れました。

さて、デキャンタするほど寝かせたワインですから、数十年のビンテージ。「しっかりと味も診て、オリもありませんので、安心してご堪能ください」ドイツワイン発展への貢献を評価され叙勲された程の当主、自信が溢れます。

グラスを持ち上げて色加減を愛でてから、ゆっくりと口に含みました。
数十年の栄華や歴史がぎゅぅと凝縮された、奥深い葡萄酒でした。

さ。

※雑感
35年前というと1980年代も半ばのこと。プラザ合意が1985年です。ベルリンにはまだ壁があり、インターネットもなければ、スマホもない頃。アップル社がマッキントッシュを発売したころです。その頃から上質なドイツワインにこだわって目利きをし、輸入してこられた当主の情熱には脱帽します。敬服。

※ドイツワインの変わった形のボトル
ドイツ・フランケン地方のボトルの特徴的な形でボックスボイテルと言う。

EMIRPs Today(2019-10-31)#1331-1351 2019年10月配信分

EMIRPs Todayに毎朝おつき合いをいただき、誠にありがとうございます。

#今朝、首里城が燃えているとの報を聞き胸が痛みます。
#早く治まり、再建されることを願うばかりです。

昨日、とあるサービスが開始されました。祝。

嗚呼、おめでたい。
隣駅までちょこっと足を伸ばして、鯛を31匹ほど釣り上げました。

出向いたのは、麻布十番にある有名な鯛焼き屋さんです。
すでに十匹ずつを箱に納められて包装紙で包まれていました。

「おめでとうございます」、箱をあけてみんなで食べました。

釣りあげたばかりの鯛たちは、お腹のあたりからじんわりと温かい。
甘すぎず塩が効いた餡子に薄い皮を纏った鯛を、夢中に頬張りました。

「およげたいやきくん」って、いつのことだっけ?1975年のことのよう。
そんなこと知らなくても、笑顔を誘う魔法の一匹。

さ。

20191001 1331 コーヒーは何パーセント
20191002 1332 飛散は低く、雲は高く
20191003 1333 名残りの露草
20191004 1334 法案一つ4.5日

20191007 1335 東京最大の牧場ジェラート
20191008 1336 初冬を選ぶ想い
20191009 1337 スマートな国際会議
20191010 1338 未だに「体育の日」
20191011 1339 曼殊沙華

20191015 1340 棚は空っぽ
20191016 1341 次代の動物園って
20191017 1342 楕円球の訪日効能
20191018 1343 プロ野球の指名と使命

20191021 1344 恩赦が映すもの

20191023 1345 永く続くことを思う
20191024 1346 渋谷区、仮装群に挑む
20191025 1347 ダイヤはどこに

20191028 1348 横浜市電保存館
20191029 1349 プチ・モビリティ
20191030 1350 ブログも国会図書館
20191031 1351 オリジンとなる国

 

EMIRPs Today(2019-10-28)#1348 横浜市電保存館

おはようございます、さいとうです。

前を通るたびに何だろうと気になっていた「横浜市電保存館」。路面電車ではなく市電、博物館でもなく保存館、しかも大通側に入口はない。

朝活ポタリングの帰路に、ちょうど開館時間を過ぎた頃合いだったので、立寄ってみることにしました。国道16号、磯子にある掘割川沿いにあります。入口は反対側と示された案内に従い一区画分をぐるっと周りこみました。

入館料をは大人300円。「お一人ですか」、係の女性に尋ねられます。「ええ」、どう見ても一人だがと思いながらも返事をしたのですが、周りをみると来館客は小さな子供連れの家族ばかりでした。

細長い建物には何両もの市電が横に並んでいました。路面電車ですから一両編成です、路線バスよりも一回り小さいくらいの大きさでしょう。少し丸くて、窓枠とか、案内看板とか、昨今の工業デザインでは考えられないような車体の表面がデコボコしているのがなんともノスタルジックです。

いざ、車内に上がってみると20世紀初頭に設計された大きさだと実感します。全体にかなりコンパクトに造られていることがわかります。運転席もカフェのカウンターほどしかないくらいで、体格のよい運転手はさぞ困られただろうなあと思うほどの空間でした。

世代順に乗り込んで時代の設計を知り、また、外から眺めて少しずつ意匠が変わる様子を楽しみました。鉄道模型OゲージやHOゲージのコレクションも展示され、ジオラマを組まれたレイアウトでは子供たちが電車を走らせていました。

足元をみてびっくり、レールの間隔が広いのです。路面電車の小さな車両なのでてっきりJRや多くの私鉄で採用されている1,067mm軌間だと思っていたのですが、横浜市電の線路幅は1,372mmを採用していたそう。

市街地を、とことこと走る路面電車が好きです。日本国内には、広島や松山等で現在でも20近くの路面電車があるそう。一番最近乗ったのは、熊本でした。ぼちぼち、乗りに行ってみたいと思いました。

さ。

※雑感
山手線の線路を覗くと、ああレール幅が狭いなあといつも思うのです。これでよくあんなに多くの人を載せて運行できるのだと関心します。新幹線や京急、阪急などで採用されている標準軌は、1,435mmですからね。一方、都心では都電荒川線や東急世田谷線は、軌間が1,372mmです。
小柄な車両には、広いレールが担うのかもしれません。

※横浜市電保存館ホームページ
http://www.shiden.yokohama/

EMIRPs Today(2019-10-11)#1339 曼殊沙華

おはようございます、さいとうです。

同僚から「出身はハンノウです」と聞いたのは社会人に成りたてのころでした。恥ずかしなが初耳の地名で、どの県、いや海外か、なんて思ったのでした。

飯能の先に、曼殊沙華の群生地があると教えられ行ってみることにしました。地図を眺めると、多摩川沿いに遡上し福生のあたりを北に向かうと着きそう。道を引いてみると60キロ、往復120キロですから昼過ぎには戻れる算段です。

曼殊沙華は、彼岸花とも呼ばれ、秋分の日あたりに咲くことで知られます。群生地は飯能駅から北に数キロの隣町、日高市の巾着田というところです。川がうねり形成された河原が囲む丸い平地が巾着のような形をしているため巾着田と呼ばれるようになったのだそう。

いつしか流れ着いた曼殊沙華が花を咲かせるようになり、その後地元の方が整備を進められ、今では500万本が咲くようになりました。

夜明けとともに出発し、とことこ走ること3時間、8時半頃に到着しました。今季の公開催事の最終日であり、すでに最盛期を過ぎているはずなのですが、それでも一面に真っ赤な絨毯が敷かれたようで、妖しく揺れていました。

曼殊沙華はサンスクリット語の「マンジュシャカ」で赤いことを表すそう。仏教では天界の花とされます。曼殊沙華には毒がありますが水に晒すとその毒は抜けるため、良質な澱粉をもつ球根は飢饉を救う貴重な食材でもある。

開花時期には葉をつけていない草花です。しゅっと立ち上がる細い茎の先に、打上花火が弾けたように赤く細い花びらを拡げる。花を咲かせる自らの使命に真っ直ぐで迷いないその姿勢に、本質を大切にするべきだと教えられました。

それにしても、せっかくの飯能は通り過ぎただけでした。どうも遠い町です。来年は曼殊沙華の最盛期に来てみよう、飯能も散策することにしよう。

さ。

※雑感
さて、台風19号が近づいてきていますね。交通関係の計画運休も発表されています。お仕事の方も、お休みのかたも、安全にお過ごしくださいませ。